緩和ケアの実際:トータルペインの考え方・アセスメント法

緩和ケアでは、がん患者の苦痛を(4つの)視点で捉える概念があります。

この概念はセント・クリストファー・ホスピス(St. Christopher’s Hospice)の創始者であるシシリー・ソンダースが提唱したものです。彼女は、末期がん患者の様々な苦痛を全人的な苦痛と捉え、その苦痛を緩和する緩和ケア(palliative care)を実践し、その考え方が今も受け継がれています。

全人的苦痛 (トータルペイン)の考え方

私たちはどうしても、痛みや吐き気などの判りやすい身体症状を観察し、その症状に対しての問題解決を図ろうとしがちです。

しかし、がん患者をはじめとする重篤で回復の見込みが難しい患者は、身体症状の背景に不安などの精神的苦痛、仕事や家庭などの社秋的苦痛、自分の人生の意味や価値を問われるスピリチュアルペインが影響しあい、今の苦痛や苦悩を生み出します。

緩和ケアでは、患者を

  • 身体的側面
  • 精神的側面
  • 社会的側面
  • スピリチュアル

な側面の4つの苦悩から捉え、全人的苦痛(トータルペイン)として、患者が訴える苦痛は症状を理解します。

図1

引用:静岡県立静岡がんセンター編:がん看護BOOKSがん看護研修マニュアル,p278,2010,南江堂.


4つの苦痛をアセスメントする

身体的苦痛

患者が感じている身体的な苦痛症状と、今後起こりうる症状をアセスメントします。

ポイント!

○「乳がんのStage4の患者さんが腰痛を訴えている」

この場合、身体的苦痛 →腰痛 だけではありません!

  • StageⅣの○○乳がんで、○○が予測される
  • 画像所見から○○の原因による腰痛と考えられる
  • 重苦しい痛みと訴えており、痛みの種類は●●と思われる

というように、アセスメントを行います。

もちろん、他の身体症状(食欲不振、不眠、倦怠感など)も同じような考え方で考えます。現在の治療や薬物療法がどう身体的苦痛に影響しているのかもアセスメントします。

局所がんも治療によりさまざまな苦痛症状を呈しますが、転移したがんは、全身性の病気です。腰痛や下肢のしびれや違和感から、脊椎転移を予測することも必要になります。また、逆に腰痛=がんの症状と捉えてしまい、治癒する症状が放置されてしまうこともあります。

苦痛症状を患者が訴えた時は、問診・触診をし、適切な観察を行って医師に症状を報告します。看護師は、患者の身体症状に気が付きやすい立場にいます。患者の身体的変化と症状の訴える患者の言い回し(例えば、○○のよう痛い)にも十分配慮してアセスメントします。

精神的苦痛

不安や怒り、孤独感、恐れ、うつ症状等の精神的苦痛をアセスメントします。

ポイント!

○『眠れない』とのAさんから訴えがあった

あなたは、この苦痛をどのようにアセスメントしますか?

  • Aさんは、身の置き所のない倦怠感のため不眠が生じた
    →身体的苦痛と捉え、倦怠感へのケアプランを立案
  • Aさんは、今後の事を説明され、不安で不眠になった
    →Aさんが感じている不安を軽減するためのケアプファンを立案

と考えます。『不眠』は身体症状ですが、アセスメントすることで精神的苦痛が生じているAさんの苦悩が理解できます。図1の矢印が⇔となっている所以はこの理由からです。

社会的苦痛

仕事や家庭、経済、遺産、人間関係に生じた問題をアセスメントします。

ポイント!

○専業主婦のAさんの社会的苦痛の有無は?

  • Aさんはがん保険にも加入し、経済的問題は生じていない
  • Aさんは、夫の両親を自宅で一人で担っており、入院したことでその役割ができないことを心苦しく感じている
  • Aさんは、町内の婦人会役員をしており、自分が抜けたことで他のメンバーに迷惑をかけることを苦痛に感じている
  • Aさんは、抗がん剤の有害事象のため、今後手先を使う作業が難しくなり、家事に支障がでる可能性が高い

社会的苦痛を捉えるとき、どうしても経済的問題を重視しがちですが、Aさんを全人的にとらえるアセスメントを行う上で、Aさんが社会やコミュニティー等でいなっている役割を知ったうえでアセスメントすることが大切です。

また、今はできているAさんの役割が今後、病状の変化によって生ずる役割変化もアセスメントします。

スピリチュアルペイン

がんなどに罹患したことで患者が感じている不公平感、無価値感、罪悪感、孤独感、脆弱性、無意味感等をスピリチュアルペインといいます。

スピリチュアルペインをうまく言い表すことは難しいですが、村田久行はスピリチュアルペインを『自己の存在と価値の消失から生じる苦痛』1)と述べています。

今まで生きてきた・これからあるはずだった『時間』、人との『関係』、自分が自分らしく動ける・生きられる『自律』を脅かされたと感じるとき、人はスピリチュアルペインを感じます。

ポイント!

○Aさんは『もう私なんて生きている意味はない』と訴えた。

あなたは、この苦痛をどのようにアセスメントしますか?

  • Aさんは、自分の存在に無価値観を感じ、スピリチュアルペインを表出している。看護プランとして、今後はAさんの思いに寄り添い精神的アプローチを行う
  • Aさんは、自分の右手が上手く動かせず、自分の役割が果たせないことで自分の存在の無意味感を感じている。看護プランとして、理学療法士等に相談し、残像機能の評価と右手を補う動作について評価・介入してもらう。

どちらのアセスメントも間違いではありませんが、Aさんにとってどちらが効果的な看護アプローチが行え、今後の生活を豊かなものに変えていくでしょうか、大切なのは、『言葉』だけに囚われ過ぎないことです。

患者さんは、医療の専門的知識や言語を知っているわけではないため、色々な言葉で自分の辛さを表現します。私たち看護師は、その言葉の意味を、思い込みではなく患者さんの言葉や情報から正確にアセスメントすることが大切です。

心のケアのアセスメント

トータルペインをアセスメントする中で、色々な要素が複雑に絡み合った時には、次のようなアセスメント法があります。これは、精神腫瘍学で行うアプローチ方法の1つで、何を優先すべきか、心のケアが必要なのかを整理する上で便利なので知っておきましょう!

図2『こころのケアのアセスメント』

引用:日本サイコロジー学会監修:日本緩和ケアチームのための精神腫瘍学入門2009,p94,医薬ジャーナル社.


トータルペインの視点でアセスメントしながら、患者さんに生じている苦痛緩和を図る上での優先順位は何かを整理する上で、このアセスメントの準場はとても大切です。心の苦痛が心身の苦痛表情として現れていることは多くあります。

アセスメントツールは、手段でしかありません。

視点で捉え、患者の身体症状や苦痛が何から生じ、どうすれば緩和できるのかを考える知識が何よりも大切です。表面だけでなく、現在進行形で起こっている現象を考え文章にする習慣をつけましょう!!

引用文献:1)村田久行(2004):スピリチュアルケア,臨床看護、30(7),p1023-1126、ヘルス出版.

『緩和ケア』と聞くと、あなたはどういうイメージが頭に浮かびますか?終末期のがん患者さんに提供されるケアという印象でしょうか?もし、そのイメージが浮かんだとしたら、私達は知らずに『緩和ケアを受ける患者=終末期の患者』というイメージで患者・家族に緩和ケアを伝えてしまう可能性があります。しっかりと、その定義を覚えて、適切な時期に適切な緩和ケアを提供できることようにしましょう。

緩和ケアの定義

WHOは、2002年に『緩和ケアとは生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることでQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を改善するアプローチである』と定義しています。

ポイント!

ここで覚ええ欲しいポイントは

  • ○ 緩和ケアを提供されるべき疾患は?
        → 生命を脅かす疾患
  • ○ 緩和ケアを提供されるべき対象は?
        → 患者とその家族
  • ○ 緩和ケアが提供されるべき時期は?
        → 早期から

つまり、
『非がんを含む生命が脅かされる重篤な疾患に罹患した、小児から高齢者までのあらゆる世代の患者とその家族に、早期から提供される基本的なケア』ということになります。

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緩和ケアは、特別な病棟や特別な教育を受けた医療者だけが提供するものではなく、ICUや、病棟、在宅、施設で勤務している医療者が、患者・家族に提供すべきケアになります。

緩和ケアのモデル

緩和ケアが導入された時期と、今の考え方について図式化すると、下記のようになります。

図1・緩和ケア提供モデル
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現在提供されるべき緩和ケアのモデルでは、患者を亡くした家族へのケアも含まれます。また、緩和ケアの占める割合が図1では少なく見えますが、生命を脅かされる疾患を告知される『診断時』も、精神的苦痛への緩和ケアが必要とされる時期となります。

緩和ケアが早期から介入が必要とされる理由としては、下記の病名告知と心の変化から、必要性が明らかになっています。

図2:告知時の精神的変化
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この表は、今はがんが一般的に重篤な疾患として多いので『がん患者』さんの心の変化として図式化されていますが、他の進行性の難病でも、精神的変化は同様と考えられます。

それまで、普通に日常生活を送っていた方が、重篤な疾患に罹患し、病名を告知されることは、本人にとって強いストレスがかかります。その心の変化を理解し、看護師をはじめとする医療者が、その心の反応を理解し、精神的フォローを行うことが精神的苦痛に対す緩和ケアとなります。

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家族への緩和ケア

あなたは、大切な方を亡くされた経験をしたことがありますか?
家族の中で、生命を脅かす疾患に家族の誰かがかかった時、生活基盤や家族関係に大きな揺らぎが起きると同時に、もう一つ大きな役割が求められます。それは、何でしょか。

重篤な疾患に罹患した家族成員を抱えた家族の心理経済的・スピリチュアルな面での問題としては、下記のようなことがあります。

  • 家族成員の喪失の危機(家族の要、心の要を失う)
  • 家族役割の変化(家事、仕事、学業での負担が増える)
  • 経済的不安の増加 (収入の減少や消失)
  • 介護負担
  • 家族が病気にかかったことでの罪悪感(食事が悪かった、病気を気づけなかった…)
  • 遺産等の問題
  • 親戚との関係の変化
  • 代理意思者としての負担

この『代理意思決定者としての負担』を、私たち看護師は忘れがちです。大切な家族を失う恐怖と、社会生活を継続し続けなければならない役割の上に、大切な家族の生命に関わる決定をしなければならない家族は、『私たちが頑張らなければ』という思いで辛さを訴える事ができません。

しかし、不眠や食欲不振、慢性疲労、抑うつ気分を抱えていることが多く、家族は『第2の患者』とも言われています。

また、家族は、患者が亡くなった後も、社会役割や家族役割を、大切な人を失った上に構築していかなければなりません。遺族になった1年以内の家族の病気の罹患率や、自殺を含め死亡率が高いことは様々な研究で明らかになっています。

そのために、緩和ケアを提供する対象は、重篤な疾患に罹患した患者だけでなく、その家族にも必要とされます。看護業務の中で、患者に関わるだけでも大変だと感じると思いますが、家族への関わりも、緩和ケアを提供する上で欠かせないケアになります。

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がん治療と緩和ケアとの関係

がん治療の中心となる治療はなんでしょうか?
『手術』『抗がん剤・分子標的薬』『放射線治療』を中心として、がん種により提供される治療が変わります。

その治療によって生じた苦痛症状や後遺症、病気の進行に伴い生じた心身の苦痛症状やQOLの低下を改善するために、支持療法やリハビリテーション、マッサージや漢方薬などの補完代替慮法、緩和ケアがどの時期に対しても必要に応じて提供されることになります。

図3.がんの治療と緩和ケアの関連
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緩和ケアの理解を深めよう

緩和ケアの概念・考え方・位置づけについて説明してきましたが、緩和ケアとは、がん患者だけ、終末期だけ、緩和ケア病棟だけで提供されるケアでないことが理解できたと思います。

これからは、更に『非がんの緩和ケア』がクローズアップされてくることが予想されています。

患者・家族の苦痛症状を緩和し、QOLの向上を目的とした緩和ケアを提供できる看護師を目指しましょう♡